2007年3月30日

右からきた話

Filed under: BLOG — @ 7:18 am

僕は『織田信長』が好きです。

別に戦争が強いからとかではなく、ただ単純に『楽市楽座』をやった人だから。

『楽市楽座』って凄くないですか?
誰でも入ってOKなんですよ?

普通は身分を調べるなりの警戒をして、怪しいやつは中に入れないようにするでしょ。

でも信長っちは違うの。
なんでもござれなの。
全部入れた後で考えるの。
その賢さと懐の深さがすごいよねぇ。
そして凄まじい発想よね。

なんにせよルールというものが少なからずあるもんです。
そのルールが多ければ多い程、そのルールによって入れない人がでてくる。

ルールがまったくないってのは問題が発生しやすく難しいですが、出来るだけ減らしたいんです。

要するに『楽市楽座な人柄』が僕の理想像なんです。

…といっても難しいにも程があるって感じですけどね。
笑われますよね。

とにかく

とても極端な例えになってしまいましたが、あくまで理想の話です。
理想の話の一部です。

右から左へ受け流して下さい(笑)

コメント (9) »

  1. 初めまして!たまたまこのページに来ました。ミツバと申します。気になることがあったので質問します。信長の楽市楽座についてもっと詳しく教えて頂けますか?自分、日本史苦手なので(笑)『何に』誰でも入れるんですか??

    コメント by ミツバ — 2007年3月31日 @ 1:30 am

  2. 戸田くんの日記にコメントするなんて…

    武士の恥…!

    最近、『ワイセツ物チン列罪』級の面白い日記を書かなくなったので、悲しみに暮れ、ヴェルターズオリジナルを舐めていたら、この日記…

    『なんでもござれなの』

    に感銘を受けてコメントしました。

    アッパレ。

    コメント by ひろし — 2007年3月31日 @ 6:48 am

  3. ミツバさん>はじめまして!ゴメンなさい!なんか僕が日本史詳しい感じになっちゃいましたね。まったく詳しくないです。(笑)だからどこに『入れる』かは曖昧にしておいたんですが…突っ込まれちゃいましたね。(笑)完全に自分の中の勝手なイメージで解釈した『楽市楽座』は、『城下町』に自由に入れると思っておりましたが…そして売り買いの自由が与えられてる~みたいな感じで。(笑)もしかしたら国そのものなのかもしれませんが…ハッキリ分からなくてゴメンなさい!

    コメント by ケンゴ — 2007年3月31日 @ 7:31 am

  4. ヒロシ>『なんでもござれ』はあんま使わんよね。言葉の響きは最高なんやけど。

    コメント by ケンゴ — 2007年3月31日 @ 7:36 am

  5. まずは『右から左に受け流して下さい』と書いてあるのを最初に見過ごしてまして、突っ込んだ質問をしてしまってごめんなさい(笑)
    お返事ありがとうございました。自分なりに調べてみたところ、おっしゃる通りで、信長の楽市楽座は、豊臣秀吉や戦国大名らによっても推進された、城下町の繁栄を目的とした商業政策で、お偉い様達による特権的な催しや売り買いを禁止していて、基本的には誰もが(?)城下町に入って自由に売り買いが出来て、しかも税金が免除されるゾ!みたいな事が主な内容みたいです。当時の特権階級トップの人で、こんな政策を考えるなんて凄いことだったんでしょうね。
    城下町は、平等というか。当時の権力社会で平等な場所が存在したって、きっと凄いことなんでしょうね。城下町のこの税金というのは、当時ではどのようなものなんだろう…とか、誰に納める税金なのか…と気になってしまったんですが、あまりにもきりがないですね(笑)ちなみに城下町っていうのは、今でいう各都道府県の中の主要都市の様なもので、実際に、城下町が今の『都市』という形に発展しているらしいです!日本史得意な方はとっくにご存じですかね?
    自分、本当日本史が昔から苦手で。よかったらまた信長とか歴史の面白い話を織り混ぜながらのお話を聞かせて下さい。よろしくお願いします!あと、お友達になって下さい。よろしくお願いします!

    コメント by ミツバ — 2007年3月31日 @ 3:10 pm

  6. ミツバさん>へぇ~。税金とかあったんですね!
    当時の国の収入って年貢だけかと思ってました。勉強になりました。

    ちなみに、現在の熊本市の繁華街は城下町が発展したものだと聞いたことがあります。

    僕は歴史に詳しいわけではありませんが、年をとってから歴史の話が好きになりました。
    すごく中途半端な知識になりますが、何か面白い話があったら書いてみますね!これも何かの縁ですから、是非友達になりましょう。少しずつ仲良くなれたらいいですね!

    コメント by ケンゴ — 2007年4月01日 @ 7:37 am

  7. こちらこそ、このホームページ上でのご縁をきっかけに、仲良くさせて頂けたら光栄です!名前も顔も何もかも分からないままのホームページ上でのご縁ですがよろしくお願いします!信長の文章や自分へのお返事などを読んで、よくわからないけど、なんかすごく面白かったんです(笑)それで思わず友達を志願したのですが(笑)良い返事が聞けて良かった!!これからも時々このホームページに遊びに来ますね!ブログ(?)マイペースに続けて下さいね!

    あと、信長・秀吉時代の城下町の楽市楽座の『税金』というのは、調べてみたら、

    秀吉時代(1573年位~1603年位)は太閤検地などの土地調査が行われて、土地面積や土地の良し悪し収穫高などを調べて『年貢』をかけたみたいです。この人の時代は『年貢』が主だったみたいですが、そもそも室町時代(1136年~1573年)には農民にもお金の流通があって、お金による納税がこのころから多くなり始めたみたいです。

    信長の時代は、戦国時代まっただなかということもあって、各地の戦国大名がめいめい独自の法律を作って、自分達の土地の農民からそれぞれ『お金』だったりあるいは『年貢』だったりとバラエティー豊かな納税を仕掛けたみたいです。この人の時代には、各土地で違った税の取り立てだったということみたいですね。

    長くなってしまってスミマセン!色々と調べてはみたのですが、信長自信がどういう税を取り立てたのかはよく分からなかったです。お金の流通があってたたということからして、『年貢』の他に『お金』もあるとは思うのですが…。

    でも、信長の、『城下町の中で売り買いする物にかかる税は全て免税という、楽市楽座的な考え』は、本当アッパレですね!誰でも入れますしね!(笑)楽市楽座から始まったので、楽市楽座の話で最後は締めようと思います!

    (熊本市の繁華街も城下町が発展したものとは知らなかった!熊本市に行ったことがないのでかなり興味あります!)

    コメント by ミツバ — 2007年4月02日 @ 2:23 am

  8. ミツバさん>すげぇ!めっちゃ詳しく調べましたね!なんか申し訳ないッス(笑)
    そういえば、
    『検地』ってやつは学校で習いましたねぇ。懐かしい。
    あと、ちなみに熊本に行っても城下町っぽさはイマイチ味わえないかと思います(笑)昔は凄かったらしいですけどね。またヒマな時にでもホームページ覗いてみて下さい!

    コメント by ケンゴ — 2007年4月02日 @ 2:56 am

  9. もう本当久しぶりに3時間くらい調べまくりました!(笑)自分自身すごく勉強になったので良かった!きっかけは何であれ、おかげ様で今では日本の税の歴史に関してはちょっと語れるんじゃないかと(笑)外国の方に日本を紹介する時にでもトライしてみます!((笑))ちなみに、

    新潟県庁の県税窓口のホームページ『だいきとみきの探検隊:日本の税の歴史』というのに、結構わかりやすく税の歴史についてかいてありました。興味があったらみてみると面白いかもしれないです。

    城下町っぽさの残った町っていうのがみれたら歴史を感じることが出来て面白そうですね~!歴史が好きになれそうでス!

    コメント by ミツバ — 2007年4月02日 @ 11:21 pm

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